空には何よりも眩しく光る太陽があった。千石は目を細める。細めてもその隙間から執拗に追いかけてくる日差しに、半ばうんざりとしたものを感じる。その場の雰囲気にそぐわない溜息を一つ吐くと、思い切って瞼を閉じた。しかし、それでも空に輝く太陽から絶え間なく降り注ぐ光線は、千石の薄い瞼なぞ突き抜けるのだろう。それとも瞼の薄い肉と皮が太陽のエネルギーを吸収して、熱を帯びている為なのだろうか。角膜に張り付くような暖かさを感じたので、それを遮る為に両の掌を空に向けて目の上に影を落とす。それでやっと安堵の息を吐き出すと、さらに千石の顔全体に影が出来た。あまりにも唐突に出来た影に千石は訝しみ、恐る恐るその手を退けた。開けた目は、昼の太陽の下で慣れてしまった為か、暗い影の中ではぼんやりとしか画像を現さない。睨むように影の主を見ると、それが一人でないことがわかった。自身の顔の周りに規則正しく配置された靴を見る。個性が強い、なんて言われている癖に意外と協調性がある。思って、千石は笑った。とりあえず両側にあった足を一本ずつ掴む。掴まれた方が驚いて後ろに去がろう、としたのが掴んだ掌から伝わった。それに構う事無く、千石は掴む腕に力を込めると一気にその反動で起き上がった。
「・・・オハヨウ」
腕を高く上げ、背伸びをする。目を擦りながらそう言うと、右側を見た。そこにはバランスを崩しそうでよく耐えた、といった風情の南の姿があった。今度は左側を向く。するとそこにも南と同じような姿をした東方の姿があった。その両方にへらり、とふやけた笑みを送ってみせる。東方はいささか眉を潜めるだけの変化しか見られなかったが、南はどうやらお気に召さないらしい。当然ではあるが。今にも殴りかかりそうな腕を、前から室町が、後ろから喜多に抑えられ、さらには横から壇に宥められていた。
「それはそうと、皆なにやってんの?」
ヒートしている南を避け、東方に問う。東方は肩を大きく落とすと、それでも気を取り繕って千石に向かった。
「・・・室町達が、退部祝いをやってくれるって話だよ」
「ふーん。室町君、ありがとね」
室町を振り返ると、もう南の怒りは収まったのだろう。南を背にしていながらも室町は困ったような声で、はぁ、と頷いた。
「俺たちも一緒に考えたよね」
「うん。千石、俺たちにもお礼言って」
千石の両側で買わされた新渡部と喜多の会話。迫る二人を手で押し戻しながら千石は視線をずらした。
「・・・君達、僕と同じ年でしょ。送られる方だよ。考えちゃいけないよ」
「別にいいじゃん」
「そうだよ。いいじゃん」
「・・・・・・・・・・・・アリガトウゴザイマス」
「――と、まぁ、こういう事だ」
腕を組みながら一人頷き悦に入っていた南を千石は振り返った。何が『こういう事』なのかよくわからなかったが、深くは考えない事にする。また怒らせたら面倒だ。意外に感情的な元部長を仰ぐと千石は起き上がる。考えもせずにその行動に出てしまった為に、千石の頭は再び、陽の下に曝け出さされた。影に慣れた瞳が、急に起きた刺激に慣れずに瞼を閉ざさせる。反射的に起こったそれに、千石は両目を擦る。何も目に入っている訳では無いというのに、むやみに物理的な刺激を与えてしまうのは何故だろうか。そんな取り留めも無い事を考えて、そして目を開けた。
グランドがあった。3年間通った学校の、土色のグランドがあった。中央で白と黒のボールを追いかけているのはサッカー部の連中だろうか。そう言えば今日は何かの試合がある、と言っていたのを聞いた。それだろうか。思って、視線を左にずらす。そこにはフェンスで囲まれたテニスコートがあった。ただ、そこに居る連中の姿が変わっていた。どうやら練習試合の控え場のようなものになっているのだろう。コートの真ん中には、普通存在している陣地を仕切るネットは無く、その代わりに茶色い長机がいくつもあった。それを確認した時に、大きな歓声が聞こえた。どうやら点を入れたらしく、キーパーが悔しそうに、シュートが決まった本人だろう人物は駆け寄ってきたチームメイトからの賞賛の真ん中にいる。
「山内だ」室町が呟くので、その山内とやらの説明を促す。「・・・ゴールキーパーです。さっき点を入れられたほうの」
「・・・それうちの学校じゃん」
まぁ、そういうことになるんでしょうね。と室町は多少言いずらそうに呟く。どうやら相手方を見ると、去年快勝していた学校ではなかったか。自らも地区予選で忙しかった頃に、クラスの奴が騒いでいたのを思い出す。スコアは2-1だ。相手方のリード。後半20分にして、去年快勝できたチームに中々の苦戦を強いられている。
「先輩達の代が強かったんですよ。・・・今年は駄目ですね、うちも。今年は関東大会どころか都大会も無理かもしれませんね」
自嘲するように言う室町に、違うと千石が声を上げようとした時、後ろから自分より早く声を上げた人物が居た。驚いて後ろを振り返る。南だった。
「それは違うんじゃないのか? 俺たちだって前はぼろくそに弱かったぞ」
「・・・地味だしな」
「東方、お前それ、自分で言ってて悲しくならないのか」
「別に。・・・まぁ、室町。駄目だと思って諦めるのも、弱いと思って練習するのも、お前達の自由なんだぞ。どっちがいいかは俺たちが決めることじゃない。それに俺たちも負けたしな。千石なんかは大番狂わせを演じてくれたし」
「悲しくなる事言わないでよー。そりゃ俺、オモシロ君にもリズム君にも負けたし、しかも両方俺より下だし。Jr選抜って言っても手塚君の代わりだったけど、俺だって俺なりに頑張ったんだからね。大番狂わせって言ったら地味’sだって大石君たちに負けたじゃん」
「・・・まぁ、俺たちそれなりに強くて敵無しとか呼ばれてたし、異様についてたから途中で奢ってしまった訳だな。それなりに気を付けてはいたが、それなりでしかなかった訳だ」
東方は思い出しながら言う。後悔をしているのかと表情を伺えば、しかしそこにはそんな影は一つの見当たらない。懐かしむような心持で、その場の肴にするような。
「俺らも高校行ってまた、頑張るわ。・・・またレギュラー獲りから始まるんだけどな」
肩を落とした南を見て千石は笑った。
「頑張ってね地味’s!」
「・・・お前も条件変わんないだろ」
「まぁ、伊達に幸運の女神様が付いてる訳じゃありませんから」
「・・・・・・・誰だよ・・・」
「そろそろ行かないか。先生も呼んだんだし。もう全員そろってる頃だぞ」
時計を見ながら東方がそう言った。そだね、と千石は笑った。立ち上がり、皆の背中を押すようにその場を後にしようとする。歩き出したその瞬間、また耳に突き刺すような歓声が聞こえた。どうしたのか、と思って首だけで後ろに振り返る。肩越しの景色では、その場の様子は十分に覗えなかったが、何が起こったかを確認することは出来た。千石は満足そうに笑いながら、また背中を押す。振り返ろうとする皆を押し止めながら、歩き出した。
「どうやら、点入れたみたいだよ。2-2だって。あとどうやら山内君、頑張ってるみたいだね」
はしゃぐ壇と、笑みを押しとどめるようにそれでもはにかむ室町。嬉しそうに笑う南に満足そうにしている東方。喜多と新渡部の様子は、千石の後ろに居た為見えなかったが、それでも喜んでいるだろう事は想像できる。・・・皆そんな奴なのだ、結局は。
千石は再び、満足そうに微笑んだ。春の日差しが堪らなく眩しくて、堪らなく暖かかった。



春の日差し(200403)
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