私達は手を繋いで芝生の上に座り込んでいた。時折、思い出したように風が私達の間をすり抜けていく。太陽が照らして熱を帯びていた頬に、その風はとても気持ちがよい。私はその風を受けるように目を閉じた。
「気持ちいいですね」
と私は呟いた。すると隣りに座っていた千石さんは、手を繋いだまま腕を前に出し、伸びをする。その勢いのまま後ろに倒れこんだ。寝転がりながらあくびをして、千石さんは言った。
「そうだねぇ」
一言だけ、搾り出すように言う。動いた振動が伝わったので、私は彼を見る。彼は私の掌を両手で包み込むようにして私に身体を寄せていた。甘えているようなその姿勢に、私の頬は自然に緩む。空いている方の腕を伸ばし、掌で肩を私のほうに寄せてみた。すると私より大きな身体は、精一杯小さく丸まって私に頬を寄せる。それがなんとも微笑ましくて、私は笑いを零した。
猫のようだ、と思う。飄々として、掴み所が無くて、やっと追いついたと思っても何時の間にか腕をすり抜けてしまう。私が『猫の様』と形容した人物は他にも居たけれど、この人に抱いたような不安は何処にも無かった。彼はいわば、愛玩用の猫であったが、今、私に身体を寄せるこの人は野生の猫なのだ。何時、私をすり抜けて行くとも知れない猫。今はこうして私の傍に居てくれるが、この先もという保証は何処にも無い。不安定な、綱渡りをするような感覚を私は味合わされているのだ。
「・・・何か考え事してる?」
ぼんやりと思考を巡らせていた私に気付いたのか、千石さんは眠そうな瞼を持ち上げた。私は緩く微笑むといいえ、と首を振る。不安を何時の間に上手に隠せるようになったんだろうか。昔よりも格段に近くなったはずなのに、どうして遠くなった気がするんだろうか。
あなたは私と同じ不安を抱えているとぽつりと呟く。いいえ、それは違うの。切れてしまいそうな不安を覚えているのは私。皮膚だけを何度重ね合わせても、それを幾度繰り返しても、その後に残る奇妙な喪失感はどうしても消えなかった。それを私が隠していると知ったらあなたはどうするんだろうか。
「いいえ、何でもありません。・・・それよりも千石さんこそ、どうしたんですか?」
「ううん。違うんなら、別にいいから」
好きで堪らなくて、こうして一緒に居るはずなのに、どうしてこんなに切ないのか。一緒に居たら楽しくて嬉しくて仕方ないはずなのではないのか。私はそっと唇を噛んだ。それでも、この苦しみが消えないように私は祈っていた。この苦しみが私の胸にある限り、私はこの人と一緒に居られるような気がしていたから。
私も同じように芝生に寝転んだ。横を向き、身体を丸める。閉じ込めるように私は彼の頭を包み込んだ。堪えていた涙が音も無く青々とした芝生に零れて落ちた。瞬きをする間に雫は芝生の下の地面に吸収される。千石さんの腕が私の背中に回された。包み込むようにしてしっかりと抱きしめられた身体に、私は気付かなかった。



住み込む苦味(200405)
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