「今日も欠席はラヴェールだけだな。よし、じゃあ授業を開始する」
 教師は慣れた口調でそう言い、そして何事もなかったかのように授業を開始した。
 クラスメイト達も特に気にすることなく、各々が机の上に開いた教科書とノートの前に向かう。
 皆が黒板の内容を必死に書き写し始めているのを見て、俺も慌ててその作業を開始した。数学の授業を担当するこの教師は、字が大きいためか、黒板の内容を消すのが早いのだ。うっかり目を離すと次の瞬間にはもう白いチョークの跡が消えている、なんてことはざらだ。だから急がねばならない。
 俺は視界の片隅に入っていた空席を、軽く頭を振って消した。授業に集中しなければいけない。

 この四月に高校に入学し、三か月が経とうとしていた。今年は少し早い梅雨の終わりが告げられていて、夏の気配が色濃く出ている。この時期は寒い日もあるだろうから、ということで設けられた、学校指定制服の冬ものから夏のものへの移行期間は、残り一週間を残しながらすでにあってないものだった。入学早々お世話になった、紺色のブレザーを早めに脱ぎ捨てたクラスメイト達は、入学早々に出来上がった友人達との会話を楽しんでいる。
 話題はおそらく、十分後に迫ったホームルームでの議題だろう。夏休み明けすぐに行われる文化祭でのクラスの出し物の決定スケジュールについて、担任教師から話があったのは先週のことだった。
 飲食店が楽でいいんじゃないか、大人しく展示のほうがいいんじゃないか。展示なんかじゃ一位は取れない、ここは一発逆転狙いで演劇のほうがいいんじゃないか。お化け屋敷みたいなのはどうか?等々。彼らは好き勝手に語っている。
「クロム、お前は何か意見はあるか?」
 俺の前の席に座る、ガイアが声をかけてきた。今日も今日とて棒付キャンディーの甘い匂いを漂わせている。
「うーん、俺は特に思い浮かばないな。まぁうまく皆の意見を纏めさせてもらうよ」
 次のホームルームでの役割を意識しながら、そう言う。ガイアは俺のほうに身体を向けると、顔の前で両手を合わせた。
「お前が学級委員長と見込んでの願いだ。頼む、喫茶店ってことにしておいてくれ」
 神様仏様クロム様、と彼は念仏を唱えた。どうやらさっきのポーズは俺を拝んでいたらしい。
 甘味大好き、俺の血は砂糖でできている――という謎の名言で、入学早々行われた自己紹介で、クラスの全員を驚愕の坩堝に叩き込んだ彼、ガイアは、どうやら喫茶店を行うに当たってのおこぼれに期待しているらしい。確かに喫茶店を行うとなれば、喫茶店で出すもの一食を賄えるようなメニューではなく、ケーキやクッキーなどの菓子類が妥当だろう。市販品を購入するのか、手作りするのかはわからないが、試食として彼の好む甘味を味わえる機会があるだろう。わかりやすい、彼の欲望丸出しの懇願に、俺は苦笑した。
「次のホームルームで皆が決めることだからな」
 ガイアと談笑していた一人である、ヘンリーが笑いながら会話に参加してきた。
「いいんじゃないかなー喫茶店」
 ひねくれたところのある彼は、めったに賛意を述べないが、今日はやけにあっさりと賛同する。味方を得たガイアが勢いづいた。だが、すぐに当のヘンリーによって覆される。
「メニューはおせんべいなんてどうかな。醤油の効いたやつ」
「甘くねえだろおー」
 語尾を伸ばしながら机に突っ伏すガイアに、そこかしこで笑い声が上がった。同じように俺も笑っていると、恐る恐ると言った風に話しかけてくる可愛らしい声があった。
「あの、クロムくん・・・そろそろ」
 栗色のゆるく長い髪をゆるく編んで肩から下げている少女だった。
 彼女はこのクラスの副委員長を務めるスミアだ。引っ込み思案な性格をしているが、そんな自分を変えたいと自ら副委員長に立候補してきた彼女は、俺は好ましい存在だった。ホームルームの準備を始めたいのだろう。彼女は他の男子生徒を伺うようにしながら、俺の夏服の半袖を引いた。
 そんなやり取りをしていると、机に伏せていたはずのガイアをはじめクラスメイトの大半がにやついた瞳を俺たちに向ける。早くホームルームを行え、とそういうことなのだろう。俺はクラスメイトの期待に応えるべく席を立った。
「もうすぐ時間か。わかった」
 ホームルームの時に使用している日誌を取りに職員室に向かった。



 担任教師が椅子に座って見守る中、俺は普段彼が使用している黒板の前に立ってクラスメイトからの意見を募っていた。議題はもちろん文化祭での出し物である。出し物がすでに決まっているような文化系部活はともかく、クラスの出し物は多種多様で一つに決められない。今日も有象無象合わせ大量の候補が出た。俺はそれを逐一黒板に書き込み、隣に用意した机に向かっているスミアが、日誌に転記していた。
 俺は黒板に発言内容を書き込むと、教壇の前に立った。
「纏めると、こんなところだろうか?」
 黒板には大まかにジャンル分けしながらこのように記入した。

 ・飲食系
  喫茶店、コスプレ喫茶、女装喫茶、猫カフェ
  カレーや豚汁など一品ものの店、ラーメン屋、屋台系(やきそば、たこ焼き、フランクフルトなど)
 ・演劇
  舞台劇、映画
 ・展示系
  校内図のジオラマを完全再現、プラネタリウム、写真
  お化け屋敷、マジックショー

 我が校の文化祭は毎年それなりの規模で開催される。生徒の中には、それが目当てで入学してくるものもいるほど、近隣では知られた存在だった。開催期間は木曜から日曜までの四日間。通常二日間しか行われない近隣の高校に比べて倍の開催期間を誇る。勿論、期間だけを誇っているわけではない。彼ら生徒が、この文化祭にかける掛ける熱の両がとてつもないのだ。
 文化祭の参加団体は、クラス、運動部系団体、文化部系団体と3つに分れ、その中で投票により順位が決定する。一位〜三位になった団体には、学食無料券が全員分配布されるのだ。無料となる期間は順位によって決められ、一位は三か月、二位は二週間、三位は一週間である。
 この景品は高校生の侘しい小遣い事情と無限大の容積を誇る胃袋を狙い澄ましたものだった。事実男子生徒の目の色が変わっている。女子生徒は弁当持参のものも多いから、それほど気にならないらしい。でも、まぁ往々にしてこういったイベント事は、大抵女子生徒が積極的になり男子生徒はやる気に乏しいと言った風であるので、景品につられているだけにしてもやる気を見せているこの状況はいいものなのだろう。色々言っているこの俺自身も、正直、学食無料券は喉から手が出るレベルで欲しい。あれがあれば、女手一つで俺と妹を育てている姉さんの負担を少しだけも減らせるのだから。
「じゃあ、そろそろ、決めようと思うが、いいだろうか?」
 ちなみに先ほどの出し物の中で、過去優勝した回数が一番多いのは、やはり演劇、特に舞台劇だった。
 だが、舞台劇は観客の拘束時間が他のものより格段に長く、順位が上位とならない年はどのクラスも悉く上位にならない。上位を狙えるものを作り上げるのにエネルギーも時間もかかる。だが当たれば一発が大きい。
 対して飲食系はコンスタントに票を稼げるのだが、上位層に食い込むためには一ひねりが必要、と言った内容だ。
 とりあえず許可が下りない猫カフェは取り消し線を引く。発案者からの悲鳴が上がったが、とりあえず無視をした。許可がもらえたとしてもどうやって猫を管理するというんだ。
「やはりここは人間の三大欲求の一つ食欲にダイレクトアタックする喫茶店以外にないんじゃないかと俺は思う」
 もったいぶった風に立ち上がり、演説をかましたのはガイアだ。
 お前が食べたいだけだろ、と周囲の目は若干冷ややかだ。だが、そこに思いもよらぬ救援が現れた。性格が違いすぎて一度もガイアとはまだ会話をしていないのではなかろうかという、フレデリクだった。
「でもガイアさんのようにお菓子を普段から食べてる人だと、いいお菓子を作ってくれそうですね」
 その一言で空気が変わる。あちこちから独り言が漏れ始めた。
「ガイア特製か・・。うまそうだな」
「あ、いいかも。『ガイアの高級菓子』ってのはどうかな」
 その声にガイアは満足気な顔をする。一つ気になった俺は、ガイアに質問をした。
「ガイア、お前料理・・・菓子作りはできるのか?」
 妹と姉が共に自宅で菓子作りに興じているのは何度か見たことがある。だが、俺にとっては彼女たちが楽しそうにやる作業や交わされる言葉にまったく馴染みがなく、ちんぷんかんぷんだったのだ。割った卵の殻を使って卵白と卵黄を分けるという作業を試しにやらせてもらったことがあるが、俺が手を出すと何故か丸くまとまっているはずの卵黄の薄皮が破けたまま出て来るのだ。妹には呆れた口調で、「お兄ちゃんがやると卵が無駄になるばっかりだからもう手を出さないで」と取り上げられてしまった。
 この数か月、何度か家庭科で調理実習をガイアと一緒したのだが、その時見た彼の腕前は卵をまともに扱えない俺と大差ない。皆はこのことを知らないのだろう。
「心配ない、ホットケーキミックス使ってホットケーキ焼くところから練習するから」
 ガイアの自信満々な言葉にクラスメイトは失敗を悟ったのか、熱は漣のように引いてしまった。
 喫茶店案はそれと同時に、候補の一つとして立場が後退してしまったのだ。
 さてどうしようか、と思案していると、スミアが遠慮がちに声をかける。
「クロムさんは、どれがいいんですか?」
「俺はこれと言って。まぁ、演劇だろうか」
 過去の実績を重視し、一位になった回数が一番多い舞台劇を上げた。
 するとスミアがはしゃいだ声を出す。
「あ、私もそれがいいと思っていました!」
 その声に反応したのは彼女の友人たちだった。
「スミアがやりたいんなら、あたしも一票入れるよ」
「私も私も」
 それにスミアが返礼をする。
「え、本当?・・・ありがとう!」
 常になく喜色を浮かべる彼女が気になり、理由を尋ねてみた。
「何か、やりたい劇でもあるのか?」
 彼女は少し言い澱むようにする。
「・・・実は、私、この高校に来たのこの劇がやりたかったからなの」
 スミアの思わぬ志望理由に面食らう。彼女は続きを話し出した。
「小学校の頃、この学校で見た劇がすごい良くて。ずっと忘れられなかったの。だけど中学で演劇部に入る勇気はなくて。でもずっとそれが引っかかってて、だからこの高校に来たら、色々勇気出そうって。あの劇も、やりたいなって」
 恥ずかしげに語る彼女の声に耳を傾けていると、いつの間にかクラスの大半もそれに聞き耳を立てていたらしい。
 気が付いたスミアが赤面し、肩をすぼめた。クラスメイトが微笑ましげに見守っている。
「なら勇気を出したスミアちゃんのために、劇一択かな」
 誰かしらが漏らした言葉で、場の趨勢は決したのだった。
 不安げに、しかしどこか満足した風に笑う彼女に、俺も自然を笑顔がこぼれた。



 無事に演目は演劇に決まり、ホームルームは解散した。
 この後用事があるというスミアに代わり、俺が演目の台本を探すのを請け負った。彼女は翌日に自分で探すと主張したのだが、何より俺自身があらかじめ台本を読んでおきたかったのだ。担任の話では、過去の台本はすべて図書室のどこかにあるという話だ。だが、この高校は非常に広く、図書室など三個もある。だが通常使うのは、第一図書室のみで、第二図書室は図鑑類が納められている。授業の準備では第二図書室で事足りるため、第三図書室など卒業まで一度も使ったことがない生徒が大半だった。とりあえず第一図書室から探し、なければ他に移ろうと決めて、足を向けた。

「文化祭の台本は第三図書室にあるわよ。そっちを探してみて」
 第一図書室のやたらと艶めかしい司書の先生にもらった有益なアドバイスに従い、俺は素直に第三図書室に足を向けた。
 第三図書室は敷地内で最も古く建てられた校舎の最上階である五階に存在する。入学して三か月。校舎の見取り図では見たことがあるレベルだ。校内案内でも一度も案内されたことはない。今にも壊れそうなほど朽ちた木造校舎が俺を出迎えた。地震など耐えられなさそうだ。
 一歩中に入ると、碌に掃除がされていないのかどこか饐えたカビのような臭いが鼻につく。足音を立てたつもりはなかったのだが、板張りの床が俺の体重を受ける度に耳触りな悲鳴を上げる。
 この校舎は五階建てで、第三図書室はその最上階にある。もっとも、図書室とは名ばかりで倉庫代わりに使われているという現状らしい。他の教室も同じような使われ方をしているとのことだ。俺は五階までの階段を進むと、一番奥にあるドアの前に立った。掲げられたプレートに『第三図書室』と記載があるのを確かめ、ドアを開けた。
 が、何かに引っかかって開かなかった。司書教諭の話では、鍵はかかっていないということだったのだが。疑問に思い、もう一度、今度は少し勢いをつけて引き戸をスライドさせようとする。しかし、結果は先ほどと同じだった。またしても何か突っかかりがあって開かない。何度か繰り返すが、やはりその引き戸は開かなかった。
 倉庫代わりに使われているという話だったから、おそらく何か中のものが倒れて、それが丁度、引き戸の進路を妨害するようなところにあるのだろう。そう簡単に結論付けて、俺は引き返そうとする。とりあえず司書教諭に話をして、中に入るための手段を講じないといけない。
 踵を返そうとした瞬間、中から眠たげな声が聞こえて来た。
「・・・もー、何よ・・・。誰?安眠妨害・・・。てかこんなところに何か用事でもあるの・・・?」
 居ないはずの室内から聞こえてきた人の声に俺は驚き立ち止った。声からして女性だということはわかる。生徒の一人だろうか?生徒ならばなぜこんなところに?
「・・・すまん。室内に少し用事があって・・・」
 入れてもらえないだろうか、ととりあえず頼んでみる。
「いいわよー。ちょっと待ってて。で、ちょっと厚かましいけどお願いがあるの」
 扉が自動で開け放たれた。もちろんそれは、俺の目の前に立つ少女によるものだった。
 俺は目敏く少女の足を見る。・・・よかった、ついている。薄くなっていたり、ふにゃふにゃといった簡単な表現はされていない、普通の人間の足だった。
「先生にばれると怒られるから、とりあえず黙っといてね」
 少女の後ろを見て、俺は目を見張った。
 まさしくそこは異空間だった。図書室の扉は実はドラ○もんのどこでもドアで、開けたらだれかのお宅につながっていたのです―――と言ったほうがまだ説明がつく。もはやそこは図書室ではなかった。
 室内にあったはずの本棚はすべて部屋の隅に配置してあり、その棚には本屋かと誤解するレベルで漫画や小説が納められている。小説を手に取ってみると、可愛らしい少女のイラストが描かれていた。別の本もまた似たような装丁で、こちらもまた似たような少女が描かれているが、先ほどのものと違って随分扇情的に描かれている。漫画類は一番下の棚以外はどれでも見て構わないということだった。ためしに一冊取ってみる。これならば俺にもわかる。かの有名な週刊少年Jのゴム人間の話だ。小さなころに読むのをやめてしまったが、ここには最新刊まですべてそろっていた。そして彼女の目を盗んで一番下の棚から一冊失敬する。そこには半裸で見つめ合う少年と青年男性のイラストが描かれていた。随分と顎が尖っている。見ていたことを気付かれ、慌てて取り上げられてしまった。
 別の棚には何かのロボットや、可愛らしい少女がポーズをつけている人形が飾ってある。ほとんどの人形が二個存在し、片方はケースのまま保管されている。
 そしてその隙間を縫うように大量のDVDケースが存在する。たまに洋画のものも存在するが、基本アニメのDVDのようだ。
 そしてなぜか大型液晶テレビが存在していて、そこにはゲーム機がいくつも繋がれていた。見たこともないゲーム機も存在したが、少女の説明だと、つい一週間前に発売されたばかりのものなのだという。知らないことを詰られたが、ゲーム機が家にないことを言うと、気の毒がられて謝罪された。
 テレビには他にDVDレコーダーが繋がれている。少女に言わせるとブルーレイレコーダーらしい。似たようなものだろう。それにしても家電屋以外でブルーレイをはじめてみた。やはり青いのだろうか?と尋ねると、少女はDVDの中から一枚ケースと取り出し裏を見せてきた。どうやらこれはDVDではなく『ブルーレイ』だったらしい。たしかに裏面は青い。なるほど、青いから『ブルー』レイなのか。トイレのブルーレットも水が青くなるし、それと同じ名づけ方なのだろう。
 少女が「DVDが使っている波長は赤い光で、ブルーレイは青い波長を使ってるから・・・」などと説明してくれようとしたが、理解できそうになかったので丁重にお断りした。
 一通り見て疲れたのか、部屋のど真ん中にその存在を主張しているベッドに少女は寝ころんだ。
 俺は慌てて少女にこの部屋を訪れた目的を言う。あまりの第三図書室の模様替えっぷりに驚いてしまったのだが、ここには劇台本を探しに来たのだ。
 彼女は閉じる寸前だった瞼を薄く開けた。タイトルを尋ねられる。俺はポケットを漁り、スミアに聞いて取ったメモの切れ端を開いた。
「『クラス劇のつくりかた』」
 このタイトルだけでは、何らかの教本の一種だと勘違いするかもしれない。事実俺も同じ勘違いをした。だが、スミアはそれを否定した。演じたクラスの実話が元になっているらしい。詳しい話の内容は聞いていないが、ここで台本を見つけて読めばいいだけだ。
 俺は少女を見る。彼女であればこの台本がどこにあるのか知っているはずだからだ。
 だが、彼女はそのタイトルを聞いた途端、やる気がなくなったとばかりにベッドに横になる。リモコンを使ってテレビのスイッチを入れる。コマーシャル中だったようで、舌打ちするともう一つボタンを押した。レコーダーの電源を付けたらしい。最新モデルをつかっているのか、やたらと反応の早いそれは、すぐに画面を切り替えた。録画してあったアニメのうち、未視聴のものを選び選択する。一瞬画面がブラックアウトした後、すぐに番組がはじまった。軽快な音楽が流れる。オープニングソングだろうか。
「うしろの、棚にあるわ」
 ぽつりとつぶやかれた指示に従い、俺は彼女の後ろの棚をみた。棚は引き戸によって閉ざされているが、鍵はかかっていない。冊子をいくつか取り出す。どうやらすべて文化祭で演じられた劇の台本がすべて納められているようだった。一冊、二冊と避けていく。すぐに目的のものは見つかった。
 他の台本はほとんど新品のようだったが、その冊子だけは随分読み込まれたのか手垢塗れになっている。紙の端が酷使に耐えかねたのか切れ込みが入っているようなページもあった。
「見つかった、ありがとう」
「・・・どういたしまして。それにしても随分センス悪い劇やるのね」
「この話を俺は詳しく知らないんだ。これを昔見た子がいて、その子の推薦なんだ」
「そー」
 彼女はぶっきら棒にそういった。目線はテレビから離さない。俺は改めて台本が見つかったことの礼と、彼女の自室(?)に邪魔をしたことの謝罪をしようとして、そもそもの挨拶、自己紹介をしていなかったことを思いだす。
「すまない、名乗るのを忘れていた」
「あー知ってるからいいわ。1年B組学級委員長のクロムくん。副委員長はスミアさんだっけ?」
 よろしく、と彼女は起き上がり、こちらを向いた。なぜ知っているのか、疑問を浮かべていたのに彼女は気付き、口元に質の悪い笑みを浮かべた。
「あたしも一応クラスメイトよ?委員長なんだし覚えてよ。・・・って一度もクラスに行ったことないし、仕方がないか」
 いつも一つだけ空いた席。あれはたしかに俺の隣の席だった。教室の窓際一番後ろ。俺は窓際から二列目だったが、一番窓際の席はいつも空席だった。
 担任が読み上げる欠席者の名前。毎日それを呼ばれ、自分を含めたクラスメイト達は、いつのまにかそれが普通の光景なのだと麻痺して気付いていなかった。しかし、そこにはたしかに空席があり、ならばその空席には座るべき人間が存在するのだ。てっきり登校せずに自宅にいると思っていたのだが、実は彼女はおそらく毎日登校していたのだ。保健室登校ならぬ、図書室に。ここ、第三図書室を改装し、本棚を退け、ベッドを導入し、テレビ・レコーダーを設置し、ゲーム・アニメ・漫画見放題やりたい放題にするアニメオタク。それがかの空席の持ち主だったのだ。
 開いた口がふさがらない。知ってか知らずか、目の前の少女が優雅に微笑んだ。
 
「あたしはルフレ。ルフレ・ラヴェールよ。よろしくね」



第三図書室の住人1(2013/03/17)

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