いけるか、と思ったのがどうやら間違いだったようだ。
腕に抱え込んで歩こうとすると、特大サイズの段ボールは当然のようにリコの視界を覆った。想像したよりも重さもある。
それでも何とか運んで行こうと、体育館へ続く廊下を何とか進んでいたが、あともう少しというところで誰かにぶつかってしまった。
「ごめんなさい」
ぶつかった相手はどうやら男子生徒のようだ。当然段ボールに覆われたままの視界では誰かはわからない。
この学校には因縁をつけてくるような面倒な種類の生徒はいないはずだ、といわゆる『面倒』な生徒に当たったわけではないことをリコは祈りながら反応を待った。
生徒は溜息を吐くと、リコが持つ段ボールをいとも簡単に取り上げた。
「わ、ちょっと待って」
まさか取り上げられるとは思わず、離れてゆく段ボールを逃がすまいとリコは手のひらに力を込めた。だが、取り返せるわけもなく、あえなく鼻っ面を段ボールに打付けた。涙目を擦りながら顔を上げると、そこにはきょとんとした顔でリコを覗き込む、バスケ部主将の日向の姿があった。
「悪ィ、大丈夫か?」
「え、日向君? あ、ぶつかったの日向君だったの、ごめんね」
改めて謝ると、日向は何か言いたげに口を動かそうとしていたが、やがてあきらめたのか本日二度目の溜息を吐いた。
「これ、体育館でいいのか? たくも、変なところでお前は気ィ使いだな」
とぶつぶつ言いながらも日向は体育館へ足を向けて歩き出した。リコは慌ててその背中を追いかける。
ここまで格闘しながら苦労してようやく運んできた段ボールをいとも簡単に抱える日向が面白くなく、リコは唇を尖らせる。
「・・・随分簡単に持っちゃうのね」
普段冗談を言い合う中では感じない差を今はどことなく感じていて、苛立ってしまう。
日向達のように、選手としてコートに立ちたいわけではないが、せめて彼らのように男であったのならば、もっと監督としての経験があったのならば、もっと彼らの努力に応えることができたのかもしれないと、そんな考えが心をよぎる。
インターハイ都大会決勝リーグ、桐皇学園への圧倒的な敗戦はチームに多大な影響を与えている。残り二戦も負け、あっけなく今年の夏の挑戦は終わってしまった。そこにはやりきったという達成感なんて勿論あるはずもなかった。ただひたすらの虚脱感。監督として引っ張っていかなければならない立場であるはずの自分が、おそらく一番引きずっているだろう。何とかしなければと思いつつ、方法が見つからない。全くの暗中模索の気分だった。
柄にもなく酷く鬱々としたまま、日向の後ろを黙ってついていく。彼が何も話し掛けてこないことが、今は酷くありがたかった。



「あ、その倉庫の中よ」
鍵を開け、倉庫の扉を開く。日向が奥に進み、段ボールを置くのを扉に凭れ見守っていた。日向が戻ってくる。それを見ると、リコは背中を上げた。
「ありがとう、じゃ、戻りましょうか」
「ちょっと待った」
と突然日向に手首を掴まれる。驚き、振り返ると、リコが開けた扉は、手の支えを失い静かにしまっていった。
伺うように覗き込んだ日向は、なぜか怒っているようにも見えてリコは困惑する。手首に力が籠る。痛みすら感じるそれに、リコは顔をしかめた。日向はそれに気づいたらしく力を弱めたが、それでも手首を解放する気はなかったらしく、掴んだままだった。
「お前、なんもかんも抱えすぎなんだよ。俺だって一応キャプテンやってんだ、頼れよ」
え、とリコは目を開く。日向を見つめていると、みるみるうちに赤くなった彼が酷くぶっきら棒な声で「なんだよ」と言い捨てた。
「ああ、うん。そうね・・」
気が付いていたのかとか、彼もチームのことを大事に思っていてくれているのかとかそんなことをとめどなく考えながら、リコは纏まらない思考を綴っている。要するに、
「心配してくれたの」
ぼんやりとそう漏らすと、日向は口元に笑みを乗せた。
「ワリーかよ」
そういって手首を解放してやると、そのまま手のひらをリコの頭に乗せた。子供をあやすようなその手付きに、リコはその場に座り込んだ。酷く脱力していて足に力が入らない。
何か言わなくては、そう思って声を出そうと思っても喉に競り上がる熱さのせいでうまく喋れない。もがいてみるが、胸が酷く熱い。ああ、情けない、何とかしなければ―――
「・・・とりあえず、十分たったら声掛けてやるよ。俺は寝てるから」
日向がその隣に腰を下ろし、目を閉じた。
リコは膝を抱え込むと、そこに顔を伏せて涙をこぼし続けた。押し殺した声が倉庫に響く。ただ、隣に居る体温が酷く心地よかった。



CRAWL(2011/03/04)

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