ふと目が覚めた。居間のソファに仰向けになったまま、銀時は視線を動かした。顔を向いに向けると、鮮やかな桃色の髪と、色の白い肌をした小柄な少女の姿が見える。ソファの上で胡坐を掻き、彼女の好物の酢昆布を齧っていた。目はテレビでやっている時代劇の再放送に釘付けだった。これでしばらくはあの真似ごとをさせられるのだと思うと、今から少しだけ気分の重さを感じる。
どうやらぼんやりと薄目を開けている銀時に気がついたらしく、神楽はCMの始まったテレビから目線をよこす。
「銀ちゃん、起きたアルか」
その言葉を合図にして、銀時はようやく上半身を起こして座り直した。腹に手を突っ込み、ぼりぼりと掻く。大きな欠伸をし、瞼に滲んだ涙を拭っていると、神楽が胡乱な視線を向けてきた。
「おっさんくせーヨ」
「うるせー、おっさんは繊細だからそういうこと言っちゃいけません」
ニタリ、と柄の悪い笑みを浮かべると、神楽は立ちあがった。軽やかな足音を立てて、小さな背中が廊下の向こうへと消える。ほどなくして戻ってくると、手にはあの赤い小さな箱が握られていた。新しい酢昆布か、と銀時は理解した。
「神楽、ついでになんか飲みもん」
ソファに腰をつけたばかりの神楽はとたんに嫌そうな顔をして銀時を見る。めんどくさいと能弁に語るその表情に、銀時はため息をついて洗濯物でも畳んでいるのであろう少年の名を呼んだ。
「新八イ」
だが、その呼び声に当の新八はいつまでたっても姿を見せない。返答の声すらなかった。
「新八なら買い物ヨ」
いないのか。銀時は立ち上がる。神楽はそれを横眼で追いながら、新たな酢昆布の箱を開けてかじりだした。
テレビから聞き知ったBGMが流れている。ドラマはクライマックスの盛り上がりを見せているのだろう。だが、今はそれはどうでもよかった。酷く薄っぺらなものだと思ってしまう。
ブーツを履き、外へ出た。階段を降り、道に立つ。左右を見た。向かったというスーパーの方角へと歩き出した。
道行く人々の髪型を見ていた。彼と同じような黒い短い髪型は結構あるのだな、と改めて思う。だが、どれもこれも違っている。あれではない。
すると、道行く人々の中に、ともすれば見逃してしまうほどの小柄な体が見える。目が離せなかった。人間はたくさんいたのに、それにだけ目が吸い付けられた。急に立ち止ったことに驚いたらしい、後ろの女性が小さな悲鳴を上げた。銀時は振り向いておざなりに頭を下げる。女性の驚きは一時のものだったらしく、彼女はすぐに愛想笑いを浮かべてその場を立ち去った。
銀時は改めて元の場所へ視線を向けた。だが、もうそこにはあの黒の髪の毛はいない。
落胆を覚えた瞬間、銀時の腕を引く手があった。往来の真中から隅へと引っ張り出したその手は、探していた少年のものだった。
「新八」
新八と呼ばれた少年はため息をついた。眉間に寄った皺に銀時は思わず指を這わせたくなるが、やってはいけないような気がして思いとどまる。新八は胡散臭そうな目を、容赦なく銀時に向ける。
「こんなところでボーっとして、邪魔でしょうが」
お前のせいだろ、とも言えず、銀時はその眠たげな目を新八に向けていた。くるくると変わるその表情は、見ているだけで面白かった。
「・・・まあ、いいです。早くかえりましょう」
これ以上小言を言っても無駄なのだと、当の昔に悟っていた新八は片手でまとめて持っていたスーパーの袋を一つ、銀時に向かって突き出した。銀時は、突き出された袋一つを手に取ると、反対側の手で持つ二つの袋を指差した。
「ああ。いいですよ。悪いですから」
一応上司として立ててくれているのだろう。よくできた助手よね、と銀時は頭を撫でてやる。なんですか、という新八の声を無視して、銀時は片方の手から一つ分の袋を寄こすよう、伸びたビニールの取っ手に指をかける。一瞬だけ指先同士が触れた。途端に生じた、何か熱のようなものを感じて、銀時は驚くが、その正体はまだ何もわからない。
そっと取ってやった後、歩き出そうと新八を目で促した。視線があったその表情は、驚いたような呆けたようなそんな顔をした後、大きく笑って頷いた。



そんなに容易く答えは出ない(2009/09/13)

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