不本意ながらも万事屋での新八の主な仕事となってしまっている家事を一通り終えたのは、午後二時過ぎのことだった。二日間連続で休みを取っていたせいだろうか、室内は異様に散らかっていて、それをようやく片付け、新八はソファに腰をおろした。普段より少しだけ濃い目に淹れたお茶の渋みが喉に気持ち良い。ぼんやりしていると、テレビに見知った団体が映し出されているのが目に入る。武装警察真選組だった。
画面は変わり、スタジオに移る。背景として映し出された写真は、一網打尽に捕まえられた攘夷浪士たちと、壊滅された建物と、なぜかピースで納まっている一番隊隊長の沖田とその襟元を捕まえて怒鳴りつけている真選組副長、土方だった。
「うわ、あのゴリラたち、やるねぇ」
と銀時は同じように茶を啜りながら呟いた。「攘夷浪士とっつかまえてもその度に破壊活動してたらどっちがどっちかわかりゃしねぇ」
出演するコメンテーターたちとほぼ同じ感想だった。新八は同意との否定とも取れない苦い笑いを浮かべる。今回捕まった浪士たちは、武力革命を目論んだ一派であったし、彼らの立てた計画の中には、江戸に火を放ち、その混乱に乗じて目的を達するという過激なものも存在していた。その計画が実行されていれば、ビル一個では済まないくらいの被害が出ていただろう。人命すら危うかったかもしれないのだ。当然それは新八だけでなく、銀時も分かっているはずだった。だからこうして彼はこの万事屋のソファに座ったままテレビを見ながら、ただの世間話をしているにすぎないのだろうと思う。本当に彼らが道を外した暴徒と化したら、この人は身体を張って止めに行くのではないか、と新八はひそかに思っていた。
「新八ィ、銀ちゃーん、またもらったアルよ」
玄関があいたと思った瞬間、飛び込んできた少女の声があった。
「神楽ちゃん」
立ちあがって新八は出迎えてやる。玄関で靴を脱ぎ捨てた神楽は、新八の手に包みを押しつけると、そのまま一直線に居間へと向かう。手を洗わなきゃ、という新八の声に、はいよ、と機嫌良く返すと、そのまま洗面所に向かい、そしてすぐに戻ってきた。
「またもらったヨ。新八、おめーすごいアルな。どうやって瞳孔手なずけたアルか?」
「まぁた大串くんからもらったの? 腐ってんじゃね?」
「新八、新八、とにかく早く開けるアル」
急かされるままに、新八は居間のテーブルに押し付けられたばかりの包みを開ける。今回はかなり大きな包みだった。
包み紙を破らないようにそっと開ける。箱の中身はハムやチャーシュー、ベーコンなどの豚肉加工品の詰め合わせだった。まるでお歳暮のようだ、と思ったが、これはこれで食べざかり(という言葉で表現できるのかはわからないが)の神楽がいる万事屋の食糧事情は少しだけ改善するだろう。姉と暮らす志村家には、そんなに大量の豚肉加工品は必要ない。一番賞味期限の長いものを箱から出すと、新八は残りを持って冷蔵庫へ向かった。
「新八、今日は本格チャーハンにするアル」
神楽がチャーシューのパッケージから目を離さずそう言った。今にもよだれをたらしそうな神楽の様子に、思わず新八は頷く。一応上司の許可も得ようと声を上げると、聞いていたのか聞いていないのかわからないいつもの眠たげな声で、承諾とも拒否ともつかない返答が返ってきた。
「そういや大串くん、何でお前にお歳暮送ってくるのかね」
「これ、お歳暮というカテゴリーに入るんでしょうか?」
「あ、お歳暮ならこっち、つうかお前も送り返さないとまずいんじゃねーの」
「そう思って聞いてみましたけど『そんなんじゃない』だそーです。たぶん僕の懐事情を斟酌してくれたんじゃないかと。給料よこせ」
「はいはい、新八くん、相手は警察の幹部さんなんだから高給取りなんだから、気にしなくていいんじゃないですかねー」
旗色が悪くなったのを察したのだろう、上司は部下の視線からプイと顔を背けた。そのまま台所へと向かう。冷蔵庫の中から苺牛乳を取り出し、コップに入れて飲み干した。
春のおわり頃、散り行く桜をぼんやり眺めていたときに出会ってから、この土方の奇妙な贈り物は続いていた。この前はフルーツ缶詰詰め合わせ、その前はたしかカルピス詰め合わせ、さらにその前はゼリーの詰め合わせ、だったと思う。基本的に彼は万事屋に、新八宛の贈り物を持って来る。忙しいだろうに、土方本人が直接持ってきているようだ。だが、新八自身は土方から直接受け取ったことはない。神楽や銀時、ときにはお登勢が新八の元へ土方のいわゆる『お歳暮』を運んできていた。三、四か月前からすでに数回はもらっている。あまりにもらいすぎて何か裏があるのかとも思うが、今のところはそんなおかしな行動を彼らがとっている形跡もなかった。
もしかしたら近藤の差し金かとも一時期は考えたが、あの快活な近藤がプレゼント攻撃で自分を籠絡しようとするというのは考え辛い。そんな頭があるのなら、姉へのストーカー攻撃は止めるだろう。それに何より、道端で偶然出会った土方が、組とは関係ないという意味のことを言っていた。だとすると、これは土方個人の行動だということになる。
新八は手に持つハムの真空パックに目を落とした。だが、そこに答えが書いてあるはずもなく、ただ、新八の指の形に添ってわずかに沈むだけだ。
テレビのワイドショーは相変わらず真選組ネタが続いている。大変そうだな、と思う。だが、彼はそんな新八の同情など必要としていないだろう。いつものように煙草に火をつけ、柄の悪い笑みを浮かべるだけなのだろう。その様子を思い浮かべ、新八は思わず笑ってしまう。自分の上司もそうだが、彼もまた口を開かなければよい男なのだ。まぁ彼の場合は、彼自身に問題(がないとも言えないが、主に味覚の面で)というよりも回りの人間に振り回されているといった部分のほうが大きいだろう。だが、それでも思い浮かべた彼の様子は楽しげだった。
ふと新八は上司の机の上にある鉛筆とノートに目を止めた。なんだか唐突に渡された贈り物に混乱するばかりで、お礼状すら書いていなかった事を思い出す。今日にでも急いで書いてみようかと思う。
「新八ー」
「おーい、ぱっつぁーん」
上司と同僚が同時に新八を呼んだ。新八はテレビに寄り、電源へと手を伸ばす。その瞬間、画面が変わり、土方のインタビュー映像が流された。思わず手が止まる。普段の無愛想な表情を崩さないまま、おざなりにレポーターの質問に応えている。もう少し愛想良くすればいいのに、と思うが、これが普段の土方さんらしいと新八は苦笑し、まだ続く映像を途中にして電源を切った。一瞬にして暗くなったこのブラウン管は、土方の顔をうつさない。ふと寂しく思うが、それをかき消すように、新八は銀時と神楽の待つ台所へと歩き出した。



夏のはじまり(2009/09/13)

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