沖田は無遠慮に襖を開け、部屋の中を覗き込む。居ると予想していた部屋の主は居らず、文机の上には書きかけの書類と筆が残されていた。
「山崎、居ねェじゃねーか」
「俺だっていつも土方さんの行動を逐一把握してる訳じゃありませんよ」
「監察ならそれくらい把握しとけィ、使えねー」
ひどい、と涙目を浮かべるミントン山崎を放置して、沖田は部屋に入る。土方の許可なんてものは本人が不在なのだから仕方ない。というか承諾なんてものははなから得る気はない。
「土方アノヤロー、人を呼び付けておきながら自分は堂々サボリとはどういうこった。な、山崎」
「同意求められても知りませんよ。大体、沖田さんが悪いんじゃないですか? 捕り物する度に建物壊しまくるんじゃあ」
「山崎コノヤロー、裏切る気かィ。今まで貴方の指示に従っていただけなのにィ。用が済んだらポイするなんて酷いですぜ」
「人を勝手に希代の悪人みたくしないでください! 沖田さんが勝手に暴走してバズーカで壊しまくってたんじゃないですか!」
叫ぶ山崎を片手で制しながら、沖田は文机の上に散乱していた紙を手に取った。組関係の書類でも書いていたのだろうと思っていたのだが、実は違っていたようだ。誰かに当てた手紙のようだ。書いてあることはごくごく普通の、近況報告のような文面だった。

――風邪が流行っているとのことだが、元気にしているだろうか。そちらは相変わらずだろうが、こっちはこっちで元気にやっている。相変わらず総悟はバズーカ片手に攘夷浪士に負けず劣らず破壊活動をしている。この間の件はテレビでも放映されてしまったようだから、おそらくお前も知っているだろう。加減は分かっているのだろうが、正直心臓に悪い。山崎も、最近ミントンの腕が増したようで素振りのスピードが早くなっていて、ここだけの話だが少しだけ気持ち悪い。あれだけ剣術にも真剣になってくれるとよいのだが。近藤さんも相変わらずだ。この間はお妙に贈るためと言って買い物に付き合わされた。
それはそうと、お前に贈った物だが、気にするな。前、手当のお礼をしたことがあっただろう。そのあとに捕り物をしたときに上手く行ったんだ。もしかしたらと思って次の捕り物のときにも同じようにしてみたらやっぱりうまくいった。何だか験担ぎのようで少し恥ずかしいのだが、お前が迷惑だというのなら言ってくれ。すぐにでもやめよう。もしそうでないのなら、しばらく続けさせてくれないか。神だなんだを信じているわけではないが、なんだか縁起がよい気がしている。
そう言えば、この間の浪士逮捕の奨励金として、隊士全員に金一封が出たのだが、もしよかったら――

手紙はそこで読めなくなっている。書いた跡はあるのだが、黒く塗りつぶされている。内容からして、食事にでも誘う文面だろうか。
良いものを見た、と沖田はにんまりと微笑む。それを見た山崎は口元をひきつらせた。沖田は山崎に向けて紙を持った手をひらひらと振ってみせる。山崎が目を細めて、恐る恐るこちらに近づいてくると、手にしていた手紙を渡した。
「隊長、これは一体、て大丈夫ですか、机の上のものを勝手に」
「それよりか山崎、奴の弱点だ、おもしれーぞ」
「て、これ土方さんが書いた、手紙じゃないですか? やばいですよ、本当に」
「見てみろィ。見ねェと一生後悔させんぞ山崎ィ」
「ええ! 一生後悔するんじゃなくて後悔させられるんですか!? わかりましたよ・・」
脅迫めいた表情と声色、それに鍔に手をかけるという動作に急かされるように、山崎はしぶしぶながらも文面に目を落とす。しばらく見守っていると、だんだんと山崎の顔に好奇心が浮かんできているのがわかった。顔を上げた山崎の表情が自分と同じ様なものであることがわかる。目が合うと、同時に笑いを押さえきれないという口元になった。
「うわぁ、これ、なんか見ちゃいけないものを見てしまった気がしますよ」
最後のところなんか、と山崎は黒く抜きつぶされた末尾を指差した。
「問題は土方さんが、これを誰に送ろうとしてたかだ」
「うーん、俺や沖田さんや局長の名前が出てきてるってことは、相手も俺たちのことを知っているってことですよね。んで書いてある内容からして、真選組の中の人間じゃないってことは明白・・」
沖田は机の廻りを見た。「封筒は・・ねェようだな。宛先でも書いてあるんじゃとおもったんだがなァ」
山崎、と声をかけ、手のひらを差し出した。手渡された紙をもう一度沖田は隅々までよく確かめる。
「こないだの捕り物の前に土方さん、相手になんかプレゼントしたらしいようだな。山崎、お前土方さんがどこかに出かけなかったかみてねェか」
「うーん、そう言えば。出かけ先は教えてくれませんでしたけど。でかい包み持ってましたね。もしかしてここに書いてある贈り物、ってそん時の包みのことですかね」
「多分アタリだろーぜ。山崎ィ、土方さんが出かけてった方向とか覚えてねェか」
山崎はしばらく顎に手を当てて斜め上を見ていた。やがて、思い出したようにしゃべりだした。
「いつもの方向だな、としか。あ、でもそんなに時間はかかってないようですね」
「いつもの方向で、そんなに時間はかかってない、か。でかい包みを置くだけ置いてすぐに帰ってきたとなると、近所ってことだなァ」
あ、と山崎は思いだしたように手のひらと拳を叩いた。
「かぶき町じゃないですかね。あそこらへんの関係者のだれかだと、俺たちのことを知ってるやつらも多いでしょうし」
かぶき町ね、と沖田はあの町の面々を思い出す。一言で言うのなら、よくわからない町だった。いろんな人間がいる。悪い奴も、良い奴も、地味な奴も、派手な奴も。雑多な、汚い町だ。だが、不思議とあの町を嫌いになれない。むしろ居心地のよい町だと沖田は思う。
「万事屋の旦那ならなんか知ってるんじゃないですかね。もしかしたら。てか旦那宛だったらどうしよう」
山崎が口に手を当てて笑いを堪える。沖田は持っていた手紙を静かに山崎の手に戻した。そして、それとなく文机から距離を取る。沖田さん、 という山崎の声は聞こえない振りをした。素知らぬ振りをして、襖のそばに戻る。山崎は沖田の突然の行動の意味がまだよく分かっていないらしく、渡された手紙と沖田の様子を見比べていた。
山崎の肩に誰かの手のひらが乗った。やたら重い。そして殺気も込められている。掴まれた肩が握りつぶされそうだ。山崎の額から汗がほとばしる。後ろを振り向きたくても振り向けない。
「や〜ま〜ざ〜き〜ィ」
「ふふふふふふふふふ、副長!」
「よーし、いい度胸だ。総悟、お前等一体この部屋で何を見てた」
「土方さん、俺を一緒にするのはよしてくだせェ。俺は山崎を止めたんでさァ。いくら土方さんでもプライベートは見ちゃいけねェって。そしたら山崎が勝手に」
「よくそんな空気吐く見たく嘘がつけますねェェェェェ!」
山崎が絶叫したと同時に、土方は山崎が持っていた紙を取り上げ、そして部屋の外へと殴り飛ばした。ぐしゃぐしゃに丸めた紙を丁寧に伸ばして懐に納める。
沖田はその様子を見て、何かを思いついた、と人の悪い笑みを口元に上らせた。
「それ、万事屋の旦那へですかィ」
「んなことあるわけねぇだろ」
すかさず反応した土方の声に、沖田はより笑みを濃くする。土方はしまった、と沖田の企みを察したが、発した言葉をなかったことにできるはずもなく、ただ舌打ちだけをして座り込んだ。机の引き出しを開けると、書類を取り出した。
「この間の件での始末書だ。明後日までに書いて来い」
へーへーと言って沖田はそれを受け取る。土方はそれを確認すると、沖田に背を向け机に向かう。
部屋を出る直前、沖田は立ち止る。睨みあげると、沖田は視線を合わせずにぼんやりと前を見ているだけだった。
「旦那じゃないとすると、チャイナか、地味メガネか、ゴリラ女か、あ、大家のババアもいましたねェ。猫耳天人も。ドMの殺し屋忍者なんてのもいたっけなァ」
「余計なこと言ってないでさっさと始末書、書いて来い」
ふうん、と沖田は笑みを浮かべ、土方を見る。
「ま、上手く事が運ぶ事を祈ってますぜィ」
うるさいとの言葉の代わりに文鎮が飛んでくる。それを難なく避けると、瓦礫の中から復活を果たしたらしい山崎の額に命中して、また倒れ込んだ。
「土方さん危ないぜィ、俺に当たったらどうしてくれンだ」
「当たるつもりで投げたんだ、なんで避けた」
沖田は傍にあるサンダルを履くと、地面に落ちている文鎮を取って土方の元へと戻る。渡した文鎮を土方の傍に置いた。土方は腕を組んだまま取ろうとも、沖田を追い出そうともしない。ただ黙ってじっと動かなかった。
「まァ、メガネくんによろしくお願いしまさァ」
土方は肯定も否定もしない。ただ目を閉じ、黙ってその場に座り込んでいるだけだ。
メガネね、と沖田はかの少年の容姿を思い浮かべようとするが、上手く思い出せない。今度挨拶がてら確認しにいく事を決め、沖田は部屋を出ようとする。
「アレに迷惑掛かるようなことすんじゃねェぞ」
へィへィと受け流すと、沖田は受け取った書類をひらひらを振って部屋を出た。まぁ、迷惑は掛けませんぜィ、単にツラ拝みに行くだけだから、と沖田はそうほくそ笑んだ。難なく上司が誘えるように地ならししておいてやるだけなのだから、むしろ感謝されてもおかしくない。
さぁて何おごってもらいましょうかねェ、と沖田は笑いを堪えながら廊下を歩いて行った。



秋の約束(2009/09/27)

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