不二先輩は興味がないといった彼らのその後だが、私は結局桜乃を呼びだして聞き出した。
喫茶店で向かい合う桜乃は気恥ずかしそうに視線をずらし、唇を歪めながらいつも以上に小さな声で答え出す。どうもその件で千石くんを引っ張ってきた私に対してどうも恩義は感じられないが、恥ずかしがり屋の桜乃にしては精一杯の譲歩なのだろうとそう思う。桜乃曰く、千石くんが大学を卒業するまでは別々に暮らすらしい。それにしても卒業したら桜乃も私も三十を超えてしまうではないか、と思い、それを言ったら桜乃は顔を青くして、「うーん、やっぱり犯罪でしょうか」とそう言った。二十二歳と十二歳だとたしかに犯罪だろうけれど、三十代と二十代なら大丈夫なんじゃないか、というと、桜乃はそれでも安心できないようで目の前に置かれた冷めたコーヒーに、砂糖をしこたま入れながらぐるぐるかき混ぜていた。そんなに気になるなら千石くん自身に聞いてみればと提案したところ、桜乃はやはり青い顔をしながらうん、とうなずく。そして砂糖がしこたま入ったコーヒーに口をつけ、甘すぎると顔をしかめていた。
彼らの間でどんな会話が交わされたのかはあえて聞かないが。

ある日、桜乃の家に呼ばれていくと、そこには不二先輩と竜崎先生がそこにいた。桜乃と千石くんも一緒だった。まずいのではないか、とも思ったが、そこには思った以上に和やかな空気がそこに流れていて、安心した。桜乃が席を立つ。私のお茶を用意するのだという。そのあとを追うように千石くんも席を立った。それを見て、身重のときに庇ってくれた夫のことを思い出し、まさかね、と桜乃のぺったんこな腹を見た。まぁとにかくうちの病院にも産婦人科はあるから紹介しておこうと思う。不二先輩を盗み見するが、彼らの空気に苛立っている様子はない。あれから四か月ほどたっていて、暦上はすでに秋だったが、まだ暑気は残っている、そんなときだった。もう四か月と言うべきなのか、まだ四か月と言うべきなのかそれが私にはわからなかった・
「・・・竜崎先生、彼を彼女に預けたときこうなることを分かっていたのでは?」
唐突に不二先輩がしゃべり出す。返答を求められた竜崎先生は、昔の快活さそのままに笑い声をあげる。変わってないな、とも思うが、相変わらずこの先生と、どちらかと言うと引っ込み思案な桜乃が血の繋がりがあるなんて信じられなかった。
「さすがのアタシもそこまではわからないよ。まぁ、でも期待したかな。桜乃ちゃんになにかいい変化があるといいなと思って千石をここに放り込んだんだ。千石はアホだけどバカじゃないからね」
にやり、と含み笑いを残し、竜崎先生は残ったお茶を飲んだ。はあ、と不二先輩は肩を落とし、それから後ろに倒れ込む。天井を見上げる目に腕を乗せて、盛大なため息をついた。
「まぁ、先生にとっては彼女のほうが大事ですよね・・」
「そういうことだな」
そう言って竜崎先生は笑った。桜乃とやはり似た笑い方をしていた。
やがて手に盆を持った千石くんが戻ってくる。そのすぐ後ろに心配そうな表情をした桜乃も一緒に。



ゆけどもゆけども茨道(2009/01/06〜2009/04/12)

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